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あの日から5年 [column]

当時自分は自営業をしていた。あの日は晴れてはいたが、寒くストーブをつけて作業を行っていた。

地震だ!

だんだん大きくなる揺れに商品は次々と倒れ、立っているのも儘ならない程だった。
急いでストーブを消して屋外へと向かった。タイル張りの玄関は波打ち、砕け始めていた。建物と歩道の隙間から水が溢れ砂が吹き出ていた。
収まりつつある揺れ、外から店内を覗くと、ディスプレイのネオン管のサインは砕け、商品の大半は倒れていた。

えらいことが起きた!

店に入り辺りを見渡す。ただただ呆然と立ち尽くすのみだった。何処から手を加えて良いのか分からずも片付けを始めた。いつのまにか日は暮れていた。

そしてふと我に返って、入院している父親を思い出した。大丈夫だろうか?
末期のガンで数日前からとうとう会話もできなくなった。強い薬(恐らくモルヒネであろう)で意識も朦朧としているようだ。心配になり車で30分ほどの病院へ向かった。

所々道が地震によって寸断されている。あと2km程で病院というところで大渋滞にはまる。今だかつて経験したことのない全方向が渋滞しているのである。3時間かけて漸く着く。父親も病院も無事だった。

それから2週間後、父は亡くなった。意識混濁の中、結局地震のことはわからなかったのではないであろうか?地震も原発事故もわからないまま逝ってしまったのではなかろうか?

震災後で葬儀は大変であったがなんとか無事に終わり、自粛していた流山の里山に出掛けた。1か月後に撮影した唯一の熊野神社の写真である。
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社殿は大丈夫であったのであろう。灯籠が崩れ落ちたままであった。

あれから5年が経ち、あの日をきっかけに自分とその回りも大きく変わった。変わらないのはこの熊野神社の空と木々。今年も芽吹きの季節がやって来ている。
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神社の鈴緒が新しくなっていた。
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久し振りに命日に墓参り行くことができそうだ。その頃は桜も咲き出すことだろう。







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