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春を戴く [column]

一昨日は少し早めに仕事が終わったので、地元の里山に出掛けてきました。
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気温が一気に上昇してキンランが咲く頃の陽気になり、森の中を少し歩いただけで汗ばんできます。

コブシやイヌシデの花が咲いています。

森の斜面に目的のタラノキ。今年もしっかり芽吹いています。
俗に言うタラの芽です。春の山菜の代表と言っても過言ではありません。
斜面を滑り落ちないように慎重に降りて採取します。

森の奥の開けたところにはハリギリが生えています。
タラノキもハリギリもウコギの仲間で、コシアブラも有名です。
ハリギリはタラの芽よりもアクが強く若干の苦味があり、個人的にはこちらの方が好みです。
タラノキ、ハリギリ共に棘のある樹木で採取するにはグローブが欠かせません。

自分達が食べる分だけ分けてもらいました。残りは翌年に。
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先日買ってきた野菜と一緒に天婦羅にしていただきました。
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ほろ苦い春の味を堪能できました。


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6年目 [column]

6年前の3月11日、あの震災が起きた時は恐らくわからなかったと思う。モルヒネを投与されて意識が混濁していたに違いない。

普段なら車で30分ほどで行けるところが2時間も掛かった。道路は渋滞、歩道には人が溢れ反っている。
やっとたどり着いた病院、被害はなさそうだ。急いで駆けつけてみると何事もなかったかのように眠っている。

その2週間後亡くなった。

震災直後ということもあり、葬儀も納骨も大幅に遅れに遅れ、何かよく解らぬまま日が過ぎていった。

今日は連れ合いの歳を越えた母親と水戸に墓参りに行ってきた。
御歳84歳。
”もうそろそろ墓参りには行けなくなるね。最後になるかも。”とポツリ言った。確かに背は縮み、小さくなった。体力的にも衰えは否めない。先週まで風邪を拗らせていた。

何とか風邪も治り、天気に恵まれ、気分はポジティブな方向へ。

震災直後の父の眠る霊園は大きな被害を受け、墓石があちこちで倒れていた。あれから6年が過ぎ元の霊園へと戻っている。

無事墓参りも済み、車を走らせて御前山へ。ここにも父の一部が眠っている。
よく子供の頃遊びに連れてこられた場所だ。
森の中はまだまだ冬の様相。
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でもよく観ると春は着実にやって来ている。
イチリンソウ
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ここで彼に少しだけ挨拶をして帰路へ。

折角なので益子に寄って見ることに。今回は母親の好物のイチゴを買いに行く。

そして筑波へと抜ける途中、雨引観音に寄って来た。自分は初めてである。
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急に元気になった母はこの階段を上る。足腰はしっかりしている。
ここには樹高15m、幹回り7.5mのスダジイの巨樹がある。久々に巨樹に出会えた。詳しくは後日。
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河津桜が見事。
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帰り際、時間あったら色々な神社やお寺を観て回りたいと母が言う。巨樹にも興味を持ってくれたようだ。少しでも長生きしてもらえるのなら、こんな事お安いご用だ。それで元気でいてくれるのなら。


ヤマネコノメソウが咲いていた。
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春の日差しの筑波山
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都会の喧騒の中で [column]

午前中早々と仕事を終えて、6年ぶりに東京の池袋に行ってきた。

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(高層階からスマートフォンでミニチュアモードで撮ってみた)

これまた1年半ぶりに娘と会うためである。

梅雨らしい曇り空、多くの人々がこの街を行き交っている。その密度で気温も湿度も高めで頭がクラクラしてくる。

そんな中気を紛らすため、わずかな緑を見つけては何の木か当ててみる。性分なのか。。。

明治通り沿いに植えられている街路樹はあまり馴染みの無い樹木で、葉の形から最初ハシバミかと思っていたのであるが、フユボダイジュという樹木であった。

そうこうしていたら時間になり、娘と会う。

今年20才になり、久し振りに会うと外見だけは立派な大人の格好していた。

成人式の前撮りという最近の新手の商売に乗せられて(?)、成人式に着る振り袖姿で記念写真を撮るのである。

スタジオには他にも多くの成人を迎える娘がわんさか来ていた。

着替え、写真撮り。終わってから写真の選択等々、3時間以上を費やした。

終わって外に出るとポツポツ雨が降りだしていて、僅かに傘の花が開いていた。

それでも人の多さは変わらず。さらに湿度は上がったようで空気が澱んでいる。

食事をして娘と別れた。次はいつ会えることやら。。。

ゴミと人の体臭が入り交じったこの街の雑踏は、昔遊びによく来ていた時とはもう違っていた。

人の多さに息苦しくて、複雑な臭いが気持ち悪くさせる。

今は1分たりとも居たくない自分になっていた。











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昼寝 [column]

最近はフィールドから帰った後、直ぐデスクに向かって写真の整理とブログアップの準備に掛かるのだがどうもいけない。横になってしまう癖がある。そのまま落ちること100%である。
気がつくと夕飯時、さっさと作って食べて、そして風呂に入って、デスクに向かいブログアップを!と意気込んでみたものの再び床へ。
このところこんな感じだ。やる気の前に眠気のほうが勝ってしまうのである。

流石に歳を感じるようになってきた。夜は仕事の関係で10時には床に着き、朝は窓の外の空が明るくなり、鳥のさえずりが聞こえ初めて目覚める感じである。

こうしてブログをあげようとしていても手が止まり落ちているのである。

まぁ、とにかく眠いのである。

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”眠い”で思い出すのが今年3月の終わり頃、市野谷の森での出来事である。
いつものように定例の観測会を行って森の中を歩いていると、草本層がまだ出揃っていないところに花を発見した。
近づいてカメラを構えていると、何やら殺気が感じられたのである。振り向くと茂みの手前の陽だまりで男が横たわっているのである。

浮浪者ではなさそうである。ジャケットを着てチノパンという出で立ち。
この森で出会う人には挨拶を欠かせないので「こんにちは!」と言った。

返事はなかったが目を開けただけであった。

とりあえず死んではなさそうなので、他の場所へと自分は移動したのである。
しばらくしてその彼は森を出て何処かに行ってしまった。

あれはなんだったのであろうか?昼寝するためにこの森に入ってきたのか?
柔らかい日差しの中での昼寝は心地好かったであろう。

突然の来訪者の挨拶でさぞかし睡眠を妨害されて迷惑であったはずだ。

そういえば昔、茨城の御前山で晩秋、落ち葉の雑木林で昼食をとった後、寝転んで昼寝したことを思い出した。

よく晴れた晩秋の山でまた昼寝がしたくなった。




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あの日から5年 [column]

当時自分は自営業をしていた。あの日は晴れてはいたが、寒くストーブをつけて作業を行っていた。

地震だ!

だんだん大きくなる揺れに商品は次々と倒れ、立っているのも儘ならない程だった。
急いでストーブを消して屋外へと向かった。タイル張りの玄関は波打ち、砕け始めていた。建物と歩道の隙間から水が溢れ砂が吹き出ていた。
収まりつつある揺れ、外から店内を覗くと、ディスプレイのネオン管のサインは砕け、商品の大半は倒れていた。

えらいことが起きた!

店に入り辺りを見渡す。ただただ呆然と立ち尽くすのみだった。何処から手を加えて良いのか分からずも片付けを始めた。いつのまにか日は暮れていた。

そしてふと我に返って、入院している父親を思い出した。大丈夫だろうか?
末期のガンで数日前からとうとう会話もできなくなった。強い薬(恐らくモルヒネであろう)で意識も朦朧としているようだ。心配になり車で30分ほどの病院へ向かった。

所々道が地震によって寸断されている。あと2km程で病院というところで大渋滞にはまる。今だかつて経験したことのない全方向が渋滞しているのである。3時間かけて漸く着く。父親も病院も無事だった。

それから2週間後、父は亡くなった。意識混濁の中、結局地震のことはわからなかったのではないであろうか?地震も原発事故もわからないまま逝ってしまったのではなかろうか?

震災後で葬儀は大変であったがなんとか無事に終わり、自粛していた流山の里山に出掛けた。1か月後に撮影した唯一の熊野神社の写真である。
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社殿は大丈夫であったのであろう。灯籠が崩れ落ちたままであった。

あれから5年が経ち、あの日をきっかけに自分とその回りも大きく変わった。変わらないのはこの熊野神社の空と木々。今年も芽吹きの季節がやって来ている。
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神社の鈴緒が新しくなっていた。
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久し振りに命日に墓参り行くことができそうだ。その頃は桜も咲き出すことだろう。







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親子草 [column]

流山の熊野神社の近くにある樹木のひとつに大きなユズリハがあります。
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常緑の10m程の高木で、山地の林内に自生しています。
春先に新しい葉が出ると古い葉が落ちることから「譲る葉」と書いてユズリハになりました。

また「代を譲る」という意味合いから、子孫繁栄の縁起をかつぎ、正月の飾りによく使われます。

別名「親子草」とも。

別々に離れて生活している娘も昨日、成人の日を無事迎えたことでしょう。




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拭い去ってはいけない事実 [column]

今春から始まる”市野谷の森を楽しもう”(仮称)の下見兼ねた、今年初めての散策をして来ました。

今回はイベントにあわせて、この森の各場所の空間放射線量をガイガーカウンターで調べてみました。
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原発事故以降あれだけ騒がれていた放射線量も、今では話題すら出なくなってしまいました。
特にこの流山は高い放射線量を計測したにも拘らず、最初は躍起になって除染をやってきて、除染前とその後の計測値を看板を建てたりして、いかにも”行いました。終了です。”的なものでした。

看板が建って2年強、文字の色も褪せその後の更新も行われていない中、住民も過去のものと忘れられがちになり、看板を振り返らなくなりました。

改めて計測する意味は、今回のイベントを行うにあたり、果たしてこの場所が本当に安全なのか?(市野谷の森には除染前後の看板は見当たらない)参加される子供たちの将来に渡っての安全性を第一に考えたからです。

結果は0.09~0.12マイクロシーベルトでした。(因みにあの原発事故前の数値は0.022~0.044マイクロシーベルトです)今後も引き続き計測を行っていきたいと考えています。今後高い数値が出るようであれば、このイベントの中止または延期を考えています。

*除染目標値0.23マイクロシーベルト


明日は小寒の市野谷の森を紹介します。
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ある公団の風景 [column]

仕事で廻った時の公団で撮った風景

今年の紅葉は本当に素晴らしい。
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8階からスマホで撮影したもので、階上からの紅葉もまた見応えのあることがわかりました。

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ユリノキの黄葉 この公団にはユリノキが多く植樹されており、初夏には大きな花を咲かせてくれます。

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この通りはケヤキ並木で一部カツラが植えられています。雨上がりの晴れた日、そこを通ると甘い香りがしてきます。ここに住む人の何人がこの香りを楽しんでいるのでしょうか?


この公団ができて40年近くになりますが、沢山の種類の樹木が植えられており、ちょっとした植物園です。
11階の公団と同じ高さまで生長したメタセコイアの紅葉もこれから観ることができます。
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今年の始めに撮ったメタセコイアです。
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小春日和 [column]

何年ぶりであろうか?母親と墓参りに行ってきた。

御歳84になる母親から墓参りに連れていって欲しいとせがまれていたのだが、時間に都合がつかず今になってしまった。

まだ陽が昇ってまもない時間に車で出掛けると辺りは朝霧が立ち込め、太陽がぼんやりと霞んで見える。

11月に入ったにも拘らず暖かな日が続き、今日も恐らくそうであろうと、霧を見ながら思う。

思った通り、日が昇るに連れて霧も晴れ、雲ひとつない快晴となった。

「あと何回墓参りに来れるだろうか?」と母親がぽつり言う。


霊園に咲く山茶花。地面に落ちた花びらが一面ピンクの絨毯となっていた。

モズの高鳴きがまだ聞こえる。赤トンボが小春日和の空にわらわら翔んでいる。

無事墓参りを済ませ、この霊園から程近い先月行った御前山に向った。

伴侶を無くしてからは犬の散歩と買い物位しか外出しなくなった母親に、この機会に紅葉を観て貰おうと足を運んだ。

皇都川沿いのケヤキの林は前回来た時より色づいていた。
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ホオノキの葉が落ちていると朴葉を使った料理の話や、サイカチの果実が生っていると戦後石鹸替わりで食器を洗っていた話など、植物にまつわる経験談を初めて語ってくれた。


皇都川を遡るとさらに紅葉が観ることができ喜んでくれた。
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御前山を離れ、茂木さらに益子へと足を伸ばす。

途中イチョウの黄葉が青空と絶妙なバランスを保っていて立ち止まって観入っていた。自分はこんな母親の血を受け継いでいるのかもしれないと改めて思ったのである。
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暖かな小春日和に"今日は本当に天気が良かった。楽しかった。"と何度も繰り返し言う。

今だ大きな病気をしたこともなく元気な母親を、時間を見つけてまたどこか連れていってあげようと思う。






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集大成 [column]

流山の里山を見続けて10数年、特にここ5年程はデジタルカメラによる撮影によりより多くの被写体を残すことができました。

その数は月にして200枚以上。植物を始めて昆虫、鳥類などの動物そして風景です。

そこに写し出されるのは繰り返される四季折々の自然や森や田畑を切り開き造成される姿です。

今手元に残る画像を見ながら思うことは、昔の景色が大分無くなったことです。
そして開発によって失った動植物。その多さに愕然とさせられます。


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<ホタルカズラ 市野谷の森にて (道路の舗装化により消滅)>


自分が歩いて観察するポイントは流山のほんの一部にしか過ぎないにも拘らずです。

これから先5年でどれだけ変わっていってしまうのでしょうか?

このデータをもとにいかに後世に残すことができないか長い間考えてきました。

縁あって大学の方に出会い、意見を交換することができ、ひとつのカリキュラムを組むこととなりました。来春より5年かけての長期的な観察会を実施していきます。

動植物のみならず、開発の事、もう今ではすっかり忘れられてしまっているかのような、放射能汚染にまで多岐に渡って調べていこうと考えています。

まず今その準備のための動植物の写真を整理しているのです。10数年分の集大成がここで役に立ちそうです。

具体的なプログラムは今後このブログにてお伝えしていこうと思います。

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